京都で花魁体験を10倍楽しむ為に

花魁道中について

花魁体験をお考えの皆さまも、1度は「花魁道中」という言葉を耳にした事があると思います。花魁さんが高い下駄を履いて、華やかに歩かれる光景は、その美しさから映画などでもひと際目立つ印象的なシーンとして使用されることが多いですが、その花魁さんは、どこからどこへ歩かれているのでしょうか。

このコラムでは、花魁道中について書かせていただきます。

まず、花魁道中の始まりとして、お客さんから招かれた太夫が、妓楼から揚屋へ移動する「揚屋入り」を行う際の移動のことを「太夫の道中」と呼ばれておりました。揚屋というのは、お客さんが上流の遊女を呼びつける際に向かうお店のことです。

花魁道中

その揚屋へ行ったお客さんは、馴染みの太夫を指名します。すると揚屋から、妓楼にいる太夫へ連絡が行きます。指名を受けた太夫は、お客さんが待っている揚屋へ迎えに行くのですが、その際に、太夫は引舟を1人から2人と、禿を1人か3人、また、下男を1人連れて揚屋へと歩きます。その後、次第に、より豪華に美しく見せようと競うようになっていきます。そのようにして出来ていった太夫の道中は、人気の太夫に対して見物目的で集まる人だかりがすごかったそうです。

江戸吉原でも同様に、お客さんはまず引手茶屋や揚屋へ行き、宴の時間を過ごし、芸者が行う芸を眺めたり、お酒を飲んだり食事をしながら時間を過ごしている間に、花魁さんがお客さんの待つ揚屋へと向かいます。揚屋への移動には、高さ18cm程もある黒塗りの大きな下駄を履き、八文字を描くように歩いて進みます。花魁道中のイメージとして最も知られているのが八文字の歩き方だと思います。

花魁道中

八文字の歩き方にも2種類あり、京都で行われていた太夫の道中は、内八文字という歩き方でした。その名の通り、足を前に進める際に、内側に踏み出し、円を描くように美しい曲線で歩きます。内側に内側に足を進める歩き方により、品のあるおしとやかさを表しています。 それに対し、吉原遊郭で広まった外八文字は、外に足をおしとやかに歩く内八文字に比べて、より動きも大きく、色気があり、花魁の持つ華やかさを表現するのに適した歩き方であったと思われます。